2021年7月18日日曜日

孫子 2回目 終了 次は孟子を読んでいきます

 
孫子 二回目は5日で終了した。
だいぶ慣れたのである。
このように繰り返していくと、孫子をかなり分かったような気になる。

もちろん、これをもって私が軍師になれるわけではない。
軍師になるためにはもっといろいろな勉強をしなくてはならないだろう。
防衛大学には最低行かないとといけないだろうし、自衛隊や軍に所属しないとならないだろう。
 そこまで望まなくても、ビジネスに生きる、生きる力になるための孫子、というくらいなら、このくらいで十分に身についたと思う。

 孫子を一応一区切りついたので、今度は孟子をすることにする。
 孔孟の思想、というくらいだから、次はこれであろう。
 孟子は論語の解説書とも言われている。
 吉田松陰もこれを愛読していたというではないか。

 私は漢文というものは旧漢字、旧仮名遣いはもちろん、振り仮名も旧仮名遣いで読んでいくものと思っている。
 私はどうやら固く思っている。
 しかし、驚いたことに最近の本は、書き下し文に至っては全部現代仮名遣いで書かれて売られているものがほとんどである(流石に白文もついているがこれは旧漢字のものが多い)。

 ちなみに、私が高校で漢文を習った昭和50年代前半は、漢文は、私の思った通りのものであった。即ち、旧漢字、旧仮名遣いはもちろん、振り仮名も旧仮名遣い で書かれていた。

 最近、子供の教科書をみると、漢字が現代漢字であった。おかしいな、とは常々思ったいた。
 1998年にチャート式の漢文を買っていた。
 これをみると、旧漢字、旧仮名遣いを使っていたが、漢字の振り仮名は、現代仮名遣いであった。
 旧漢字、旧仮名遣いでは読む人がいない、ということで、漢文業界がこのようにしているのである。
 つまり、時代と共にだらけてきたのである。
 拙工のために大匠が縄墨を改変してどうする。

1995年刊行 チャート式 漢文
漢文、書き下し文は、旧漢字、旧仮名遣いを使用している。
しかし漢字の振り仮名は現代仮名遣いである。
例えば、草木 は、
現代仮名遣いでは「そうもく」
旧仮名遣いでは「さうもく」である。



日本語で遊ぼう の斎藤孝氏 の論語
現在の漢文の読み物は、すべて現代漢字、現代仮名遣いである


 旧漢字、旧仮名遣いが嫌で漢文を読み進める人が居ようか。
 結構、根気のいる作業であるのだ。
 現代人はネットやスマホやSNSで簡単な文章を大量に読むことにあまりにも慣れきっている。
 このような文章と、漢文、論語、孫子、孟子などはまったく異なるのである。
身骨に刻むように読まなくてはいけない。
 SNSの中の友人のランチを食べたお店のことなど1ヶ月後には忘れている。
 漢文の文章は身骨に刻み付けると一生体の中に残り、何かの折にいろいろなことを我々に教えてくれるはずだ。
 
 ともあれ・・・である。
 旧漢字、旧仮名遣いで記載された本を探すと私の要望に当たるものはなかなかない。
 結局、昭和3年刊行の簡野道明先生の「孟子」しかない。
 逆にこれ以上の古書になるとちょっと私には読めたものではない。
 ヤフオクで千円で購入。
 昔の本は字が小さいのである。紙面の節約のためである。
 昔は今よりもずっと紙は高価なものであった。
 今の世の中のように上質の紙に大きな字で行間もたっぷり取り本を作れるようになったのはつい最近のことであることを皆も心し、感謝しよう。
 
 字が小さければスキャンして4Kの32インチ大画面に映して見たら良いのである。あるいはiPadで好きなだけ指先で拡大して見ると良いのである。
 鼻先の老眼鏡の位置を頻繁に変えて読む必要はもうないのである。
 ちなみに小生は昔から目が良かったし、今も老眼鏡など使用してはいない。還暦に至ったが今まで幸いなことにメガネのお世話になったことはない。

 孟子の本を裁断して400dpi フルカラーでスキャンしている。
 白黒でスキャンしても良いのだが、フルカラーの方が臨場感が出る。
 この現代。そのようなことをしてもメモリーなどさほど食うわけでもない。
 どのように読んでいくかは課題。
 というか、孟子を見て驚いた。
 一節あたりの文章が長いのである。
 論語や孫子に比べても長い。
 論語、孫子は、書き下し文が3行を越えるとかなり長いな、と思っていた。
 長いものは分割してまとめていた。
 しかし、孟子は長いものが多い。分割は大変である。

 試行錯誤して気がついた。  
 孫子の時に試みた方法である。下記の「甲」である。
 これを使うと漢文と書き下し文がきっちりと読める。


 私の実力では、訓点のついた漢文をスルスル読むのはなかなか大変なのである。また、恐ろしいことに簡野道明本 孟子は、訓点しか付いていない。送り仮名が付いていないのである。これも難物である。
 送り仮名を付けたものを書こうかとも思った。手書きにするか、パソコンで打つか・・・試行錯誤した。
 私はいつも一番懸念するのは自分で書いたり、パソコンで打ったりするのは良いのだが、必ず間違いが発生する。これが嫌なのである。
 いろいろ考え、試行錯誤の末に、結論。 
 下記のように、漢文と書き下し文を孟子から切り貼りしてゆくのである。
 緩い作業ではないのだが、このようなものをしていく過程でも、理解が進む。
 
 下のように、切りはりして・・・(1)
 漢字を隠して、振り仮名だけを見せたもの・・・(2) 
 漢字も振り仮名も空欄にしたもの・・・(3) 
を作り、理解に努めようと思う。

(1)漢文と書き下し文を切りはりしたもの

(2)漢字を隠して、振り仮名だけを見せたもの

(3)漢字も振り仮名も空欄にしたもの


 このようにすると原文も書き下し文もがっちりと頭に入る。
 このようにして漢文を読んできたが、メソッドとしてはこれが最終進化形ではないかな、と思っている。
 簡野道明先生の本を使ったもう一つの理由。
 漢字、送り仮名、振り仮名がすべて旧漢字、旧仮名遣いであるものを選んだ、と述べた。
 その他に簡野道明先生の本を使ったもう一つの理由。
 簡野道明先生の本は著作権が切れているのである。
 孟子をきちんとスキャンし、それをPDFで販売する。
 また、前述したメソッドで作りあげたものを、ひとつの付属テキストとして合わせて販売する。
 世の中に資するためにはその対価もいただかないといけない。無償でボランティアで行うのももちろん良い。しかし、それでは長続きはしない。
 そのような計画もしている。
 というか、もう孫子でやっているのであるが。
 そのように考えると私も自分に張りが出るのである。
 さて、すでに、孟子は1章の「梁恵王」の上の切り張りが今日の朝、終了した。 ちなみに孟子は全部で7章ある。それぞれが、上、下 2部に分かれている。
 今日、日曜日はこれに空欄をつけていこうと思っている。
 ・・・・・・
 日曜日も終わり、月曜日の夜中の二時。
 結局、半分くらい終了した。
 良いペースであると思う。




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 それをいろいろと論じてみました。
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